9×のまネコ2

もはやのまネコ問題は単なる権利の奪いっこゲームではない。avexとネットコミュニティによるモナー戦争の様相を呈している(2ちゃんねらーに言わせれば聖戦なんだろうが)。そのターゲットはとうとうavexの松浦社長に向かい、2ちゃんねらーは彼を焼身殺害してやる、との犯行声明を残した*1avexの公式見解書も二転三転としているが、もう体裁を整えてる余裕などなく、思いをストレートにぶちまけて徹底抗戦の構えを示している*2

ところでネット掲示板に残された犯行声明。その歴史は意外と古く、5年前に遡る。契機となったのは2005年5月に起きた西鉄バスジャック事件だろう。犯人であった少年Aは「ネオむぎ茶」というハンドルネームで2ちゃんねるに「佐賀県佐賀市17歳…。」というスレッドを立て、声明文を残していた*3

それからは警察もサイバー犯罪に本気で査察をいれだしたので、事故を未然に防げるようになってきた。かといって自殺サイトでの自殺者は年々増加することから、監視は絶対ではない。だからしょせん便所の落書き、と侮ってはならない。極右的思想(絶対に捻じ曲がることのない保守的な断定/偏見)に基づいた極左的行動(誰か声を発すれば竜巻のごとく声の渦を巻き、竜巻は何かを殺めてしまう)によるタコ壺空間。それがネットコミュニティなのである。


話が横道にそれたので本線に戻す。つまり今回の件、avexとネットコミュニティ、どちらが悪いのか?

このような問いは太平洋戦争は結局、アメリカと日本のどちらが悪だったか、と断定するような愚問であり、当然どちらも悪い、と答えざるをえない。したがって善悪二元論を問うのはここで有効ではない。それほどに泥沼化してしまったわけだ。

そもそもavexは彼らなりに、のまネコの商標登録は断念することで譲歩している。だが犯行予告はその決定の後に刻まれてしまった。だから私が考えたいのは、何故2ちゃんねらーavexの譲歩を認めなかったのか?という問いだ。例えばタカラ社は「ギコ猫」の商標登録を2ちゃんねるからの猛反発を受けることで取り下げた。このケースだと2ちゃんねらーはタカラ社を絶賛したのである。さらに思い出せば、企業コンテンツのなかでも公共物としてのアスキーアートはかなり乱用されている。『電車男』やドワンゴのCMを見れば明らかだろう。公共物を利益のために使うことは、意外なことに日常茶飯事として行われているのだ。


つまり2ちゃんねらーが許さないのは、avexが「のまネコはインスパイアによるオリジナルだ」と放言してしまう、その文化への無理解な態度なのだろう。パブロ・ピカソが“Good Artists copy, Great Artists steal.”(優れたアーティストは模倣するだけだが、偉大な芸術家は盗む)という言葉を残したように、オリジナリティはアプロプリエーションと裏表の関係にある。その本質を認めない思想そのものを2ちゃんねらーは攻撃しているのではないか。例えば「あなたにはモナーのまネコの違いがわかりますか?」と各地で訴え続けるラディカルな運動は、その思いを顕著に現している。

そう捉えれば今回の事件は権利闘争というより、文化闘争(宗教戦争)といった方が原理であるような気がしてならない。私は権利闘争には組み入らないが、これが文化闘争であるならば、やはり2ちゃんねるサイドに加担したいと思っている。

 

*1:exciteニュース「エイベックス社長宅に放火予告…のまネコ問題泥沼化」
   http://www.excite.co.jp/News/entertainment/20051003080505/Sanspo_EN_120051003001.html

*2:のまネコ問題についてavexグループの考え方
  http://ecweb1.avexnet.or.jp/sa4web/050930info.htm

*3:スレッドは今でも閲覧可。15000件の書込のため超重い。注意。「佐賀県佐賀市17歳…」
   http://tako.2ch.net/youth/kako/957/957323893.html