5×佐藤雅彦

ひさしぶりに広告批評のバックナンバーを買いだめしてパラパラ読んでたら、2003年7-8月号がSFCの佐藤雅彦研究室を特集していて、なんかこう、やられたっていうか。すごく焦りを感じました。内容もさることながら、佐藤さんのモチベーションにつられてぼくのモチベーションもカッと湧いてきたっていうか。以下、共感したとこを抜粋。まずは佐藤氏の基本的なスタンスから紹介してみよう。

佐藤  一番大事なのは、確かに、カンとかひらめきなんです。本当は。カンやひらめきで作って、なんでこれが面白いのかわからないけど、作っていくうちに少しずつ言語化されてきて、それが方法論になる。で、しばらくすると、その方法にも飽きて、また新しいひらめきで作る。その連続ですね。ただ大学でやっていることというのは、大きく言えば抽象化だと思うんです。で、抽象化する一番の方法が、言語化です。もしくは数式化ですね。それによってはっきり定義する。曖昧なものを言語化して、体系として歴史的な産物にしていく。で、また新しいものを開拓していくというのが、大学の大きな役割だと思うんです。

佐藤  僕が一番大事にしているのは教室なんです。世の中は関係ない。むしろ世の中に目がいくとあまり良くないということは、研究生のみんなもよくわかってると思います。……(中略)……世の中とまったく隔離された教室の中で、自分たちが面白いと思うものをどんどん高めていく。すると、いざ世に出したときに、まったく新しい価値が生まれる……(中略)……今年の一月に出した佐藤研の方針は、「教室に戻ろう」です。


佐藤氏はご存知の通り、もともと電通の売れっ子プランナーで、慶應大学の教授になってもそのネットワークを生かしつつ学生と一緒になって外に目を向け、社会的なインパクトを与え続けていた。それを察すればアカデミズムなこの発言は意外だけど、本質だと思う。
彼の出自は実務家であるのに、教室好きで勉強好きだ。その熱心さにもまた心を打たれた。

編集部 佐藤さんはいままでこういう専門的な数学を、どこかでやられてきたんですか? 大学で勉強されてたかもしれませんが、それ以外に。
佐藤  CMプランナーだった頃にも、家に帰るとやってましたね。
編集部 勉強をしてたんですか? それはもちろん仕事のためじゃないですよね。
佐藤  なんでやってたんでしょうね。少なくとも役に立てるためじゃないですね。役に立つわけないもん。(笑)
編集部 好きでやってた?
佐藤  やらないとダメだと思ってました。ダメになると思ってました。ようするに、当時僕はCMプランナーで、オリエンテーションを受けて、その企画をする。それだけで精一杯なんです。でもそれだけだとプランナーの枠から一歩も出てない。当たり前ですけど。でも僕としては新しい枠組みに自分がならないと、CMプランナーとしてもつまらないだろうし、自分もつまらないと思ったんですよね。……(中略)……ずっと続けてました。学生時代から途絶えることなく。強迫観念にとらわれてる感じでやってましたね。


いつも徹夜で勉学に励んでいたことをSFCの授業で開花させたのが「数理と概念」という4コマ中、最も緊張するけど、新しい考え方を生徒たちと模索できる講義だ、と彼はいう。それをSFCでやるメリットは数学専門のスター先生がそろってることだけど、一方でちょっと嘆かわしいこともあるという。

佐藤  ただそういう僕の尊敬している先生たちに限って、生徒による授業評価が低いんです。授業が難しいからみんなついていけない。だから生徒に授業評価させること自体を、僕は疑問視しています。大学教育は表面上の面白さではないから。
編集部 佐藤さんの授業評価は、かなり高いんですよね。教育って、面白くすることも大事だと思うんですが。
佐藤  いまはそう言われてますけど。言われすぎてますね。面白いのは悪くないけど、それを目的にするのは絶対によくないです。……(中略)……このまま行くと、アメリカとかに、もろ負けちゃいますよ。向こうの生徒じゃ、自主的にどんどん研究してますからね。


この意見は賛否両論だと思いますが、個人的には一番共感したところです。ぼくは選挙で特定のひとに投票しない(そもそも行かない)のも同じ理由です。だって、わからないから。わかるべきだけど、勉強してないからわからない。よって、つまらないとは言えない。つまらないと言えるのは、逆にいえばよく理解した証拠なはずです。考えてみると投票率が下がりっぱなしなのも、興味がないというより、愚民選挙に帰結しちゃうのがイヤで票を入れない半端に賢いひとが増えたせいかもしれませんね。それはそれで困りものだけども。