論考:アクションエコノミー時代に見えないボタンを押せ

3年振りにながめの論考をかきました。我ながら とてもよくかけてると思います。転職して5年、血のにじむような体験をして(笑)蓄積からうまれた思考がほとばしっています。ある懸賞論文に応募してましたが あえなく落選したのでブログで公開してしまいます。まあダメだったものは仕方がない。
ここで考えたことをベースに査読やら学会やらしようとも思ったけど、アカデミズムにむいたテキストになってないので やっぱり使い道がない。2015年はマーケティング4.0 研究会にどっぷり浸かっていたこともあり、コトラーを読みなおして コトラー回帰という素朴な結論にもなっており、新鮮味はまるでない。でも骨太なテキストはかけたと信じてます。テクノロジーを身につけなきゃ、とあせってる人にこそ読んでほしい。ぼくはこれでマーケティングそのものを深めていくことはしばらくお休みして、ちがう世界の研究をしてみます。

アクションエコノミー時代に見えないボタンを押せ
 いま広告と広告会社は、本当に人を動かしているのか。人を動かしている大きな力は広告の外にあるのではないか。若年層は広告を無視するが、スマートフォンをずっと見ている。その支持を元手にあらゆるスマートフォンアプリが既存ビジネスを塗り変えている。たとえばAirBnbは宿泊ビジネスを、Uberはタクシービジネスを刷新した。
 スマートフォンを使ったビジネスは、ユーザーの指ひとつで経済を動かしている。その動向を本論では「アクションエコノミー」と名付け、消費者の感性、広告主の動向、マーケティングの概念に大きな変革を強いることを指摘する。そしてアクションエコノミー時代で広告会社は、生き残る術としてニーズ起点の発想に立ち返るべきと提案したい。


1.ボタンですべてを決める時代
1−1:アクションエコノミー
 スマートフォンを介した行動や売買が肥大化した経済圏が成立しつつある。その仮説を論証するにあたり、アテンションエコノミー(関心の経済)という概念を踏まえておきたい。アテンションエコノミーとはインターネットにより情報量が過剰に増えすぎた反動として、人々の注目を集めることがすなわち財となった経済圏である。企業は情報を所有することが差別化になるのではなく、顧客の関心=アテンションを集約するほうが重要だと考えるようになった。広告業界でも基本型とされる消費者行動モデルは、AIDMAに代表されるようにどれもアテンションから始めるコミュニケーションだといえる。
 そしてスマートフォンの台頭により、若年層を中心にサーチやシェアに着目したAISASが生まれソーシャルエコノミー(共同体の経済)も誕生した。スマートフォンの影響はさらにラディカルに進行し、いまやコミュニケーションは必ずアテンションから始まるとは限らない事態になっている。たとえば商品の認知がなくても、家の中で、学校や職場で、いつでもどこでもスマートフォンを起動すれば、見たいものはすぐ見れるし、欲しいものはすぐに手に入れる社会となった。
 認知を必要としない消費。その空間では広告は邪魔もの扱いされてしまう。象徴的なエピソードとして、アップルの最新iPhoneで搭載されるiOS9では、ウェブブラウザで表示される広告を非表示にするブロック機能が実装された。
 アテンションなしで一足飛びにアクションで完結。家の外で認知させる前に、家や会社の中で行動させてしまう世界。本論ではこのようなアクションを中心としたマネタイズが生まれていく経済圏を「アクションエコノミー(行動の経済)」と名付けたいと思う。その考え方を証左する現象として、流通業界からオムニチャネル、コンテンツ業界からスマートテレビ、行政や自動車業界からコネクテッドビジネスという動向を示しておきたい。


1−2:オムニチャネル
 オムニチャネルとは、消費者がいつでもどこでもあらゆる(オムニ)接点(チャネル)で商品をスムーズに購入と受取ができる環境作りである。物流システムが整えば、消費者はスマホの画面上で指ひとつで好きな時に買ったり受け取ることができるようになる。
 日本国内では、セブン&アイホールディングスはグループ各社の商品であれば、店舗でもネットでも好きなようにモノを買っても、近くのセブン-イレブンで受け取れる最適な物流構築を標榜している。イオンであれば店舗で大量の商品を買っても消費者はそれを持ち帰らず、代わりに即日に指定の時間で配達してくれるサービス「即日便」を始めた。
 アメリカでは、Amazonが2012年より「Amazon Fresh」という生鮮食品の宅配を展開している。一部地域では「Amazon Dash」という宅配用の注文デバイスを無料で配っている。ユーザーはAmazon Dashを手に持って、家のなかにある商品のバーコードをスキャンしたり、自分の欲しいモノを声に出せば音声認識されることで注文が完了する。さらに「Amazon Dash Button」というボタン型デバイスは、ボタンを押すだけで注文できる。


1−3:スマートテレビ
 テレビもタイムシフト視聴が一般化し、スマートテレビの普及が進むことで視聴環境が大きく変わりはじめている。日本でも2015年9月に「Netflix」が上陸した。2015年以降に発売される大手家電メーカーのテレビリモコンは、常設でNetflixボタンがついているため、視聴者はボタンひとつでNetflixのホーム画面に訪れることができる。
 日本のテレビ業界はARIB(電波産業会)の規約によって、テレビ電源をオンにした時は地上波テレビ放送の画面だけを表示させるのが望ましいという取り決めがある。*1 そのためテレビ各局は視聴者のアテンションを圧倒的優位な立場で確保していた。その環境のなかでNetflixボタンがリモコンに常設される意味は大きい。もしNetflixがテレビ各局のコンテンツより支持された場合、日本の広告ビジネスは変革を余儀なくされるだろう。


1−4:コネクテッドビジネス
 中国生まれのメッセンジャーアプリ「WeChat」は、リアル世界で行うあらゆる手続きと決済をアプリのボタンひとつで済ませようと試みている。2015年4月から上海エリアにて、WeChatを通じたインフラ料金の支払いや行政サービスができるようになった。

WeChatの画面に表示されたボタンから、電気・水道・ガスの支払い、納税や出国の手続き、車検予約、図書館の図書検索が指ひとつで操作できるようになった。その他にもWeChatは、ユーザーが位置情報を送ることでその場所にタクシーを呼びだせる配車サービスも提供しており(中国版Uberといってよい)すでに中国全土で広まっている。
 事例は枚挙に暇がない。LGは「Honechat」というスマート家電シリーズを展開してLINEと業務提携。Appleは自動車用のOS「Car Play」を発表し、スマートフォンのように車が操作できるシステムを開発中だ。家の中にいても、外で車に乗って出かけても、ボタンひとつでモノを見たり動かしたり買ったりできる世界は現実化しつつある。


2.見えるボタンと見えないボタン
2−1:アクションエコノミー企業とクライアントで完結
 日本の広告会社の多くはアテンション、すなわちマスメディアビジネスが主戦場である。もし本論の仮説通りに、消費者行動の多くがアクション起点になったとすれば、アクションエコノミーに強いプラットフォーム企業(以後アクションエコノミー企業と記す)が、オムニチャネル・スマートテレビ・コネクテッドビジネスなど新しいビジネス領域で覇権を握ることになる。プラットフォームをいち早く転用してビジネスを行うシステムインテグレーターコンサルティング企業も優位であるし、それを利用する事業会社(広告会社にとってのクライアント)も顧客データを保有している。
 つまりアクションエコノミー企業とクライアントは直接手をつなぎ、そのシステムから直接、顧客に対してサービスを供給することができる。置いてけぼりになるのはシステムもハードウェアも有しない広告会社となる。アクションエコノミー時代が到来することで広告はいらなくなり、広告会社も壊滅する可能性は日に日に高まっているのではないか。


2−2:ニーズとウォンツとデマンド
 認知なしでワンボタン消費できるアクションエコノミー。それはデマンド(需要)起点のマーケティングが席巻した世界だといえる。広告の新しい可能性を模索するために、改めてマーケティングとはなにか原点を見つめなおしてみよう。
 フィリップ・コトラーは消費行動の源泉をニーズ(必要)、ウォンツ(欲求)、デマンド(需要)に分けた。*2 水の消費でたとえるとニーズとは「のどが渇いた」、ウォンツとは「水がほしい」、デマンドとは「A社のミネラルウォーターを買いたい」と整理できる。この整理に従うとアクションエコノミーで台頭するサービスは、すべてデマンド起点のマーケティングだとわかる。消費者がボタンを通じてA社のミネラルウォーターを指名買いしてくれるからこそ経済が成立している。だからこそアクションエコノミー企業は陣地を広げるべく広範囲にボタンをばらまこうとする。あらゆる時間と場所においてA社のミネラルウォーターを買いたい消費者が可視化され、世界中のボタンを通じてビッグデータを収集し、統合分析すれば「水がほしい」というウォンツまで解析するのも容易だ。
 しかしデマンド起点のマーケティングでは「のどが渇いた」かどうかニーズを言い当てることは難しい。デマンド起点のマーケティングの発想では、A社のミネラルウォーターを月に一度買っており、いろんなサイトで水の情報を調べ、SNSで水が飲みたいとつぶやいている人だから「この人は水が好きなのだ」と早々と解析を終えてしまう。だがこれは相関関係をみて類推しているに過ぎず、因果関係はわからない。
 ニーズ起点のマーケティングでは、行動や購買データは参考のひとつでしかない。A社のミネラルウォーターを買い続けている人は、必ずしも水だけを欲しているとは限らない。「のどが渇いた」というニーズに対する答えはひとつではない。スポーツをしてのどが渇いたのであればスポーツドリンクをおすすめしたほうがよい。そもそも「のどが渇いた」のは乾燥した部屋で毎日生活しているせいかもしれない。であれば加湿器を買ったほうがいいかもしれないし、もしかすると「のどが渇いた」というニーズの奥底にもっと深いニーズとして「体調が悪い」と感じているのかもしれない。であればのどの渇きはカゼに由来してことになる。だとすればウォンツとデマンドはすべてひっくり返るだろう。


2−3:広告会社は見えないボタンを押せ
 ニーズ発想からソリューションを生みだす。ありきたりで平凡な提案に聞こえるかもしれない。だが想像してみてほしい。アクションエコノミー時代では、世界中にアクションへつながる「見えるボタン」が偏在し、ボタンを押すだけで大量の消費者が購買を促される。多額の予算をかけたプロモーションが効かなくなる一方で、消費者が持つスマホ、テレビや冷蔵庫、自家用車などに搭載されたボタンを押すと、一気に経済が動いてしまう。
 もしそんな過酷な現実がおとずれたとしたら、私たちはアクションエコノミーの手法に思わず飛びつきたくなるだろう。IoT(Internet of things)の流行が顕著なように、表層だけみればボタンひとつで消費者が動いてるようにみえるからだ。しかしそれはマーケターの現実逃避でしかない。彼らが開発した見えるボタンの裏には、重厚データベースと複雑ロジスティクスとロビイング活動がある。一朝一夕にできる代物ではない。
 アクションエコノミーに勝つためには、デマンドという見えるボタンにまどわされず、私たちはニーズという「見えないボタン」を発掘しなければならない。ニーズの発掘は、アクションエコノミー企業には不得意な仕事である。デマンドに慣れすぎた消費者にニーズ起点の提案をすると反発が大きいからだ。アクションエコノミー企業は確実なデマンドを刈りとった瞬間に売上を伸びるという麻薬をやめられないはずだ。
 他方でクライアントから広告会社に寄せられる案件は、売上が低迷し、ビジネスが飽和し、限界を迎えたがゆえの悩みばかりである。クライアントが広告会社に期待しているのは、一攫千金の見えるボタンをつくることではない。見えるボタンの存在を知っていれば自分でつくるだろう。クライアントは広告会社に、見えない消費者を動かす、見えないボタンを発掘し、さらに見えないボタンを押してくれる実行力にまで期待している。


3.アクションエコノミーで生き残るブランド
 見えるボタンによって消費者は自分が欲しいモノだけを買い続ける。アクションエコノミーが全盛となった時代に、事業会社はどうやって対抗するのだろうか。メディア、メーカー、リテーラーの立場からニーズに応えるブランドのあり方を考えてみたい。
3−1:媒体の使い方:3Mポストイット
 ネットユーザーのニーズを深く汲みとった事例を紹介する。3Mのポストイットは認知利用を訴求するためにリターゲティングバナー広告を用いた。リターゲティングとはユーザーの訪問サイト履歴を参照し、ユーザーを追いかけるように何度も画面上に表示させる手法だ。3Mはこのリターゲティングバナーの画面上にポストイットを貼りつけた。ユーザーはポストイットに好きなようにメモを書いておくと、またネットサーフィンした時に書いたメモが再掲示され、リマインドの役割を果たしてくれる。*3
 リターゲティングはデマンド発想の広告である。「Aという特性を持ったサイトを何度もみたことがある」という明確な行動データがあるから、一見すると確実に購買につながる消費者が存在しているかのように見えてしまう。しかし広告主の敷地に呼びよせる訪問ツールとして有益でも、ユーザーにとっては何度も見たことがあるメッセージを繰り返し浴びせられて不愉快に感じてしまう。リターゲティングは開始当初はクリック数を稼ぐことはできるが、同じパターンを長く続けると数字は落ち続け、最後にはユーザーはその企業を嫌悪し、焼け野原と化すケースが多い。
 ポストイットのリターゲティングバナーが優れているのは、ユーザーのニーズをすくい取って形にしたことだ。デマンド起点で発想すると「あなたが興味のありそうな広告を何度も表示しましょう」という解決しか導きだせない。「ネットサーフィンする時にバナー広告はなるだけ見たくない」というニーズから発想したからこそ「あなたが最も興味あるのはあなたが自分で考えて書いたメモだ。それを忘れないようバナーを使ってメモしてください」という解決を導きだすことができたのだ。


3−2:商品の作り方:P&Gボールド
 生活用品メーカーの事例で考えてみよう。先ほど「Amazon Dash Button」というボタン型デバイスを紹介したが、Amazonはその主な使い道として、洗濯機にボタンを取り付けることを推奨している。自分の好きな洗剤ブランドのデザインをあしらったボタンを洗濯機に付ければ、ワンボタンでいつもの洗剤が自宅にお届けされるという具合だ。
 Amazonが主導するアクションエコノミー競争下において、洗剤メーカーはどうすれば選ばれる商品になるだろうか。いまや洗剤はどのブランドも洗浄力はもちろん、液体タイプもあれば柔軟剤入りタイプもあり、差別化が難しい市場である。洗浄力で勝負できた頃から一変し、現代の主婦は「忙しいから家事を楽に済ませたい」というニーズが強い。
 そこでP&Gは2014年に液体洗剤と柔軟剤をセットにし、透明パックで包んだジェルボールという新形態を発表した。ジェルボールを洗濯機に入れてボタンを押すだけで洗濯は完了するため、計量スプーンで量を計ったり柔軟剤を追加する手間を省略できる。
 ジェルボールは徹底して主婦が洗濯機の前で、どんな動作をし、どんなことを考え、どんな不満を感じてるか傾聴しているからこそ生まれた商品だ。主婦のニーズを捉えただけでなく、ワンボタンで洗剤を買って、ワンタッチで洗濯が終わるという買い物から商品使用に至るまでの動線は、まさにアクションエコノミー的な感性を先取りしている。


3−3:小売の売り方:ヴィレッジヴァンガード
 書店業界は特にデマンド起点のマーケティングが強い業態であるため、アクションエコノミーの影響を受けやすい。「おもしろい小説を読みたい」というウォンツや「刺激的な情報を知りたい」というニーズは嗜好性が多様なため解析しにくいが、「村上春樹の新刊が欲しい」というデマンドを持つ消費者は明らかである。だからネット通販拡大の煽りを受けて書店数は激減した。それでもやはりニーズ発想の企業は力強く生き残っている。
 その代表格である書店チェーン:ヴィレッジヴァンガード(以下ヴィレヴァン)は、「遊べる本屋」という考え方でファンの見えないボタンを押すべく自覚的に試みている。営業企画部の関戸リーダーはそのマーチャンダイジング戦略を「買い物を通した時間消費を売りにしたビジネスモデル」であり「商品を売っているというより、商品を通して買うという行為を楽しんでいただく」と表している。*4

 ヴィレヴァンはモノそのものでなく、モノを買うという行為に着目しているため、POPの書き方も独特である。商品の横にオリジナルのPOPを所狭しと大量に掲示するのがヴィレヴァンの特徴だが、そのPOPをみると「マズい(本当)」「買わずの後悔より買ってめっちゃめちゃ後悔したほうがええよ!!」といったデマンドやウォンツを無視したキャッチコピーが並ぶ。一見すると荒唐無稽にみえるが、関戸はファンの「買い物を楽しみたい」というニーズに真摯に向きあっているからこそこのコピーが成立している。
 関戸はヴィレヴァンを訪れた「お客さまのお買いもののスイッチを狂わせたい」という。まさに見えるボタンに慣れすぎた読者の奥底に潜んだ、見えないボタンを押しにいくことで心を揺さぶり、消費者の感性を根底からひっくり返そうと企んでいるのだ。


4.アクションエコノミーで生き残る広告会社
 アクションエコノミーを攻略するヒントとして先見性ある事業会社の試みを考察してきたが、その上で広告会社はどんな価値をクライアントに提供できるか最後に考えたい。

4−1:合理化された非合理
 アクションエコノミーとは徹底して合理化された世界である。消費者が自分で欲しい商品を発注し、すぐさま届ける。この繰り返しを洗練させて常に効率のよいロジスティクスを追求する。立ち入る隙がなくなるまで合理化させていく。もしこの合理性に対抗する術があるなら、機械では予測できない非合理にこそヒントがあるのではないか。ヴィレヴァンの例でみてきたように、非合理にみえるアイデアが事業を推し進めることはビジネス現場では珍しくない。問題はその非合理をどうやって恒常的かつ組織的に生産していくかだ。
 経済学者の楠木建は、事業成長における競争優位であり中興の祖となる、合理化された非合理アイデアを創りだす方法を「クリティカル・コア」と呼んでいる。*5
 たとえばスターバックスにおけるクリティカル・コアは本部による「直営方式」となる。スターバックスはビジネスマンの憩いの場となる「サードプレイス」というコンセプトを徹底すべく、商品・店舗・土地・教育などすべてにこだわりぬくために、店舗をすべて直営とした。だがアナリストからみると直営方式はスケールメリットが出しにくく非効率なため、ROAを低下させる要素だと考えられ酷評されていた。なので後発のコーヒーチェーンは直営方式は採用せず、他の部分ばかりを模倣していった。しかし結果として後発のコーヒーチェーンはちぐはぐなサービスとなり消費者には魅力がない空間となった。他方でアナリストの予測を裏切り、スターバックスは大きく躍進した。
 当時、スターバックスの方針は業界内では非合理な考え方にみえたという。だが業界外の私たちにとって、スターバックスがコンセプトを完遂するために、細部までこだわる直営方式にすることは当然の決断のようにみえる。しかし業界内にいるとその感覚が抜け落ちてしまう。自社だけで密室で考えてしまったあげく単なる合理的な判断に落ちついてしまい、ありきたりの戦略によって競争差別化できず失敗するというわけだ。
 合理化された非合理アイデアを選ぶにはセンスが必要だ。楠はセンスを磨くために「自らのストーリーに論理的な確信を持てるまで“なぜ”を突き詰めるべき」と主張する。周りから非合理的といわれても、自分のなかで論理的であればそれは合理的である。
 合理化された非合理を生みだすのに最も適した職能は「なぜ」を突き詰める思考に長けている広告クリエイターではないだろうか。広告会社に勤める者なら、営業・プランニング・メディアなどのスタッフでブレーンストーミングをして結論が出た後、ブリーフィングをクリエイターに渡すと、彼らから「理屈はわかるけどそもそも〜」という戻しを食らった経験があるだろう。クリエイターがいう「そもそも」とは、消費者の奥底にあるニーズを「そもそも」ちゃんと考えているのか?という問いかけである。ニーズの深掘りができていないブリーフィングは、何度も「なぜ」を浴びせられる宿命にある。


4−2:Why→How→What
 近年注目されているデザイン思考でも同じだ。イノベーションを研究するサイモン・シネックは物事を他人に説明する時は「なぜから始めよ」と提唱している。*6 Why(なぜ)の次にHow(どうやって)、最後にWhat(なに)を話すというメソッドだ。たとえばiPhoneジョブズ時代のテレビCMでは「私たちは他とは違うことを考えることに価値を見出している」とWhyを伝え、そのために「美しいデザインにこだわっている」とHowを伝え、最後に「それはiPhoneです」とWhatを伝えている。
 Whyから始める思考法は、広告会社のプランニングフローとは真逆である。What to sayというメソッドがよく知られているように、消費者になにを伝えて(What)、どう伝えるか(How)の順で考えるクセがついており、しかもなぜ伝えるか(Why)は介在しない。
 広告会社はアクションエコノミー時代ですべての常識を逆転させねばならない。クライアントの事業や商品についてオリエンテーションを受けた時、私たちは「なぜそんな事業や商品をつくろうと考えたのか?」「そもそもその事業や商品は社会にとってどんなメリットがあるのか?」を繰り返し問わなければならない。その発想がデマンドでもウォンツでもなく、真なるニーズであるかどうかを精査できる力を持たねば存在価値がない。


4−3:ゼロ列目営業
 広告会社はクライアントと共に事業を育てることがビジネスの根幹である。そしてニーズを発見するためにもクライアントと同じ目線で議論することは必須である。だから時に私たちはクライアントの中に入って、一緒に考えるポジションを求められることがある。
個人的な体験だが筆者も、ある企業に出向した時期がある。オリエン資料を作ったり、商品開発や販売政策会議に出たり、店頭オペレーションの実務も担当した。クライアントの中に入ると、外の営業ではつかみきれない深い情報まで知ることができると体感した。
 筆者はいわゆる内勤だが、内勤者はもっと前線に出て、クライアントと一緒に考えるポジションにいるべきだと感じた。よく広告会社は営業セクションを1列目、内勤セクションを2列目、その中間でブリッジする役割を1.5列目と呼ぶことがある。1.5列目の背景には、1列目が最も偉いから、内勤はできるだけ1列目に近い立場にいるべきという思想がある。
 ならば1列目を飛びこえてゼロ列目にいることができれば、より未知なるニーズの種に近づけるのではないか。広告営業はプロフィットセンターであるため純粋な会話ができない、と感じるクライアントがいたなら、利害関係がない(ようにみえる)コストセンターが出張って「なぜ?」「そもそも〜」と積極的に質問を投げかけるチャンスである。
 ゼロ列目を実践している広告会社として、電通はアウトドア用品ブランドのスノーピークのなかに「未来創造室」という部署を成立した。そこでは新しいキャンプグッズのアイデア電通がアイデアを出し、クライアントと横並びに議論できる環境がある。スノーピークの山井社長は広告会社に対して「クライアントが他の企業の追従をしようとしたら、そういうことはカッコ悪いのでやめてくださいと止めてほしい」「クライアントを正しいビジネスに導くパートナーの役割を期待」しているという。*7 広告会社と同じ立場で、一緒にニーズを掘り起こしたいと願ってくれるクライアントは少なからずいる。


5.見える資産と見えない資産
 あらゆる場所に見えるボタンが偏在されたデマンド起点のマーケティング世界では、逆に見えないボタンを押すニーズ起点のマーケティングが求められる。見えるボタンによって広告がスキップされても、見えないボタンを押すことができる人材を多く抱える広告会社は、アクションエコノミーに巻き込まれず十分に戦っていける根拠をいくつか示してきた。合理化された非合理アイデアを生みだし「なぜ」を志向する広告クリエイターの存在、その採掘場に赴かんとするゼロ列目営業の動きは私たちを勇気づけた。しかし広告会社はなぜ、アクションエコノミー企業には見ることができない、見えないボタンを発見できるのだろうか。それは私たちは見えるボタンをつくるための基礎を持っていないからこそ、見えないものを見ようとする職能が発達したように思える。
 AmazonGoogleは巨大なサーバを持っている。メーカーは商品や製造工場を持っている。リテーラーは倉庫に店舗や物流システムを持っている。どれも形として見える有形資産である。さて、広告会社は有形資産をほとんど持っていない。あるとすれば人間とその人間の頭のなかにあるノウハウという名の無形資産である。
 見える資産を持つ企業と、見えない資産を持つ企業は文化や価値観が大きく異なる。見える資産を持つ企業は、それを武器として捉えてこだわりが強くなり、消費者のニーズを真摯にみつめた発想ができなくなる。だから見える資産という既得権益を壊していく外圧や黒船が次々に生まれ続ける。そして現在進行系であらゆる見える資産は、とてつもないスピードで陳腐化している。
 広告会社ならではのニーズに根ざした発想をビジネスにまで昇華してくれるのが見えない資産である。見えない資産とは、クライアントから寄せられた課題を真摯に受け止め、私たちが世の中で必要なことだけをみる思考力とあらゆる手段で尽くす実行力である。
 広告会社は見えないボタンを押さなければならないが、ボタンの押し方は広告である必要はない。広告技術という見える資産にこだわらず、私たちの奥底にある見えない資産を改めて見つめなおす時代を迎えている。

*1:地上放送事業者連絡会,「放送番組及びコンテンツ一意性の確保に関するガイドライン」,(http://www.dpa.or.jp/business/mfr/pdf/ichiisei070828.pdf),2007.8.28.

*2:フィリップ・コトラー,ゲイリー・アームストロング,『マーケティング原理 第9版』(ダイヤモンド社,2003)

*3:AdFourm,” Post-it - The Banner That Makes You Like Banners”,(http://www.adforum.com/award-organization/6650183/showcase/2015/ad/34512986),2015.9.1.

*4:Advertimes,「ヴィレヴァンのPOPであやつるMD戦略〜お客さまのお買いものスイッチを狂わせる」,(http://www.advertimes.com/20150402/article188356/),2015.4.2.

*5:楠木建,『ストーリーとしての競争戦略 ― 優れた戦略の条件』(東洋経済新報社,2010)

*6:サイモン・シネック(栗木さつき訳),『WHYから始めよ!―インスパイア型リーダーはここが違う』(日本経済新聞出版社,2012)

*7:電通報,「法人の生き方(後編)」,(http://dentsu-ho.com/articles/2604),2015.7.4.