中小と大手広告代理店のちがい

ぼくは7年つとめた中小広告代理店をやめて、2011年2月に電通へ転職した。それから約3ヶ月たった。その間に知人から必ず尋ねられるのは「なんで転職したんですか?」「転職していちばん変わったことはなんですか?」である。この質問は転職した人ならだれしもがどこかで答えてるから一般的な話に過ぎないのだろうけど、ぼくが答えることはけっこう意味がありそうな気がしたのでブログでかこうと思った。

というのもぼくは美大でデザインを学び、広告代理店に新卒で入ってからは営業を3年、マーケターを3年半、シンクタンクで研究員を2年勤めてきた。いろんな業種のクライアントに関わり、自分で見積りもかいて原稿作りまでやっていた。すべてのメディアを扱って企画から交渉までやってきた。コンペは数知れず取りくんでたまに勝っては狂喜乱舞し、ほとんど負けまくって呑んだくれた(笑)。ちなみに大学生の頃には社員3名のベンチャー広告代理店のバイトをしており、ひとりですべての業務をこなしていた。
いわば中島らものエッセイで書かれてるような典型的な哀愁ただよう広告代理店の生活そのすべてを網羅してきたわけだが、いま振り返ってみるとそれらは中小企業で浴びてきた文化であり、電通という大企業はこれまたぜんぜんちがうロジックで動いている会社なんだなと痛感している。以下にぼくが感じた文化のちがいを紹介したい。


1.一人と分業
よくいわれることだが、中小広告代理店はスタッフの職域が広いため、スタッフ一人ひとりの責任感がとても重い。たとえばストラテジックプランナーはコンセプトだけでなく調査分析から媒体立案までやるし原稿制作もする。場合によっては自ら外部との交渉までする(それはぼくが営業をやってたからぼくだけの特徴かもしれない)。比べて大手代理店はあらゆる職域が分業化されてるので、一人ひとりがやることは部分である。それも昨今では職域が被ることもしばしば発生するため(たとえば戦略PRプランナーはストプラとメディアプランナー両方に侵食している)お互いに投げる球をみあって牽制することもしばしばある。それは弊害かもしれない。
しかし驚いたのは、大手の個々のスタッフは意外と全体のロードマップを理解し、自分のやるべき領域は迅速にかつハイクオリティな仕事をしてくれることだ。通常、仕事がパーツ化していくと個々のスタッフはロードマップを理解せぬまま作業すると思われがちだ。だが大手代理店のスタッフはけっこう意外とみんな全体を理解している。具体的にいうと、ストプラがつくった企画書をきっちり読んで理解するし、どこに自分が入ってなにをすべきかわかって迅速に行動できるってことだ。


2.アイデアとフィジビリティ
中小代理店はアイデアを大事にして、大手代理店はフィジビリティを大事にしていると思う。フィジビリティとは実現可能性のことを意味している。なんでわざわざフィジビリティと英語にしたのかというと、社内でよく出てくる言い方だからだ。会議中でも「この案件のフィジビリティはどうなの?」「これからフィジビリティを高めます」となぜかボンボン出てくる。恥ずかしながら転職してはじめて耳にした単語だった。このくらい頻出する単語って、たぶん前職ではアイデアというものに相当するのだろう。会議では「とりあえずアイデア考えてきて」「もっとすごいアイデアないの?」と、みんな自然にいってたし、会社としてもアイデアを事業のコアコンピタンスにしていたと思う。だがフィジビリティはあまり重視してなかった。どうにかなるだろうくらいに思っていたかもしれない。
あらかじめいっておくと、ぼくはアイデアもフィジビリティもどちらも重要だと思っているし、どちらに寄り添うことも否定しない。ただしぼく個人の考えとして、アイデアは湯水のように湧いてしかるべきだし、そもそも実行してこそ意味があるものなので、アイデアを一人の著作物であるかのように囲わずにみんなでその実効性を検証するほうに価値を感じてきた。だから今の会社のほうが思考としてフィットしているかもしれない。


3.マーケティングとストラテジー
広告代理店においてマーケティングプランナーってのはいろんな呼称があるのだけど、大手代理店はどの会社もストラテジックプランナーという呼び方を採用している。マーケティングとストラテジーってなにが違うのだろうか、ずっと疑問だったけど転職してようやくその意味がわかった気がする。ストラテジーとは戦略という意味で、いわば戦争用語だ。対してマーケティングとは競争相手に打ち勝つというより、市場とか顧客に対してどう自社をポジショニングするかという概念になる。
中小代理店はコンペの作業をするときに、まず出発点がユーザーインサイトになるし、作業が滞るとそれに立ち返ることで原点を見直していると思う。比べて大手代理店はマーケティングの作業うんぬんよりも、どうすれば勝つことができるかにこだわるし、企画が止まるとコンセプトやインサイトというより、勝つための条件を読みなおしている人が多いかもしれない。


以上である。本当はもっとたくさんの違いがあるのだが、構造的な違いはさておき(マクロ視点での紹介は他のブログでいくらでもかいている)、中小と大手でおなじレイヤーに属しながらもニュアンスが異なるポイントだけをあげたつもりだ。ここでかいたことはいうまでもなく主観的な意見にすぎず、多分に間違っているかもしれない。ぼくがいいたかったのは転職してよかったと感じた時、どこが自分に適しているのかを振り返った時に、上記のような特徴があったということだ。
ぼくは仕事するなら分業したいしフィジビリティとストラテジーにこだわりたいタイプだった。だから大手を選んだということだろう。ぼくとは真逆に、仕事は一人がぜんぶやりたいしアイデアマーケティングで突破したい、だからこそ中小やベンチャーを選んだという人もたくさん知っているし、彼らはみんなぼくの転職を心から祝福してくれた。ぼくもそのような仕事は好きだった。でもちょっと仕事の質を変えてみたくなったので転職したし、実際にだいぶ異なっていることを指摘したにすぎない。あくまで傾向値という参照にとどめていただければ幸いである。